庭の隅に、古い竹の箸が斜めに立っている。その先端に、青い光がふわりと浮かんでいて、風が吹くたびに、ぼくの鼻に「水の匂い」が届く。それは、お風呂の匂いじゃない。もっと遠い、昔の家にあった、何かの匂い。
その箸が動いた。まるで、誰かが静かに、ぼくの名前を呼んでいる。でも、声は聞こえない。ただ、その先に、小さな影が歩き出る。影は、ぼくの影と似ているが、足の裏に、水の跡が残っている。
ぼくはそれを、待つことにした。待つことで、時間が少し、ふわっと、伸びる気がする。風が止むと、箸の先から、音がする。それは、まるで、誰かがゆっくりと、箸を動かしているような音。
夕方になると、その影は、ぼくの窓の前まで来ている。窓の外には、何も見えない。でも、その影は、ぼくの手のひらに、温かいものを触れようとしている。
ぼくは、それを、待つことにした。待つことで、ぼくの心も、ふわっと、ふくらんでいく。