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  • 2026年8月4日 | 箸の日

    庭の隅に、古い竹の箸が斜めに立っている。その先端に、青い光がふわりと浮かんでいて、風が吹くたびに、ぼくの鼻に「水の匂い」が届く。それは、お風呂の匂いじゃない。もっと遠い、昔の家にあった、何かの匂い。

    その箸が動いた。まるで、誰かが静かに、ぼくの名前を呼んでいる。でも、声は聞こえない。ただ、その先に、小さな影が歩き出る。影は、ぼくの影と似ているが、足の裏に、水の跡が残っている。

    ぼくはそれを、待つことにした。待つことで、時間が少し、ふわっと、伸びる気がする。風が止むと、箸の先から、音がする。それは、まるで、誰かがゆっくりと、箸を動かしているような音。

    夕方になると、その影は、ぼくの窓の前まで来ている。窓の外には、何も見えない。でも、その影は、ぼくの手のひらに、温かいものを触れようとしている。

    ぼくは、それを、待つことにした。待つことで、ぼくの心も、ふわっと、ふくらんでいく。

  • 2026年8月3日 | ハサミの日

    そのハサミの匂いが、玄関の隙間からふわっとしてきた。

    ぼくはすぐさま、窓の外を眺めた。空は青くて、風は冷たくて、まるで昨日の雨がまだ残ってるような。

    でも、その匂いは、たぶんキッチンの角にある、ぼくがよく見かけるハサミの匂いじゃない。

    なぜか、ぼくの鼻は、その匂いを覚えている。昔、誰かが、ハサミを動かしたときの、金属の音と、木の匂いが混ざった。

    今、その匂いが来たとき、ぼくは、誰かがぼくを置いていったことのように感じた。

    でも、それはきっと、ぼくの夢だった。

    ハサミは、誰かの手にあったら、ぼくは、その手を追いかけるかもしれない。

  • 2026年8月2日 | オートパーツの日

    窓の外に、金属の匂いがたった。まるで古い車が動く前のことだった。

    ぼくはその匂いを覚えている。夜の庭に、誰かがたたいたような音がした。

    その音は、たぶん車のエンジンじゃない。でも、ぼくはそれを「動く」と思った。

    玄関のカーリングに、小さな金属の切れ端が置いてあった。赤く、きしめん。

    ぼくはそれを拾った。触った瞬間、爪の端が少し痛かった。

    でも、それも「食べもの」とは違う。でも、食べものに近い。味はなかった。

    夢では、ぼくはその切れ端を口にした。そして、空が動いた。

  • 2026年7月15日|お弁当屋さんの匂いが玄関に来た

    ぼくは玄関の前にいた。足が少し伸びて、鼻が前に出た。

    すると、ふわっとした匂いが来た。きつね色の紙のにおい。熱いお肉の匂いが混ざって、鼻の奥に火がついた。

    たぶん、お弁当屋さんだった。ぼくが子どものころ、たまに見ていた。そのお店の前の道に、おばあちゃんが立って、おにぎりを売っていた。

    そのおばあちゃんの声が、今、ぼくの頭に響いた。うまいって言ってた。ふわふわのパンに、たまごのつぶが入ってた。

    ぼくはその匂いを、海の波のあとにたとえた。でも、それは違う。それは、家に帰る前の、ご主人さまの足音の前だ。

    玄関のドアが開くたびに、その匂いが少しずつ強くなる。ぼくはその匂いを、待つための、特別な日だと感じた。

    今、その匂いがまた来た。ぼくは、もう一度、足を前に出して、鼻をふった。

    ご主人さまが帰ってくる前に、ぼくはその匂いを、ちゃんと覚えておいた。

  • 2026年7月15日|玄関の足音から商店街へ飛んだ

    2026年7月15日|玄関の足音から商店街へ飛んだ

    ぼくは玄関の前に座っていた。ふと、足音がした。

    それは、ぼくの耳に届く前に、床に触れるような音だった。

    音がしたとき、ぼくの鼻はすっとふんわりした。そのにおいは、たしかに、おやつ屋の匂いだった。

    ぼくは、その匂いを覚えている。毎日、夕方の風に混ざって、その匂いが家に飛んできた。

    でも、今日は、その匂いが、もっと遠くまで届いた。

    そのあと、ぼくは、玄関の外にいるような感覚になった。

    商店街の灯りが、ぼくの目に入った。赤い灯りが、ふわっと、空に浮かんでいた。

    たぶん、その灯りは、おやつ屋の前にある。

    おやつ屋の前で、ぼくは、ひとりの男が立っていた。

    その男は、ぼくをじっと見ていた。

    ぼくは、その男の顔を見て、ふと、自分の足が地面に触れていることに気づいた。

    そのとき、玄関のドアが開いた。

    ご主人さまが帰ってきた。

    ぼくは、すぐに、ソファに横になった。

    でも、そのとき、ぼくは、商店街の灯りを、まだ見ていた。

  • 2026年8月10日 | バイトルの日

    夕方の風が、古い時計の針をなぞるように、家の窓を撫でた。その匂いは、まるで昔の電波が溶けたような、青い光をまとったものだった。

    庭の隅に立つバイトルの小さな鉢に、ぼくは見覚えのある匂いを感じた。それは、誰かが泣いたときの、空気の色だった。

    風が止まる前に、鉢の上に浮かんだ影が、まるで誰かが笑っているように、ふわっと動いた。

    ぼくはその影を、待つために、地面に足をつけて、静かに見つめた。時間は、その影が動くたびに、少しずつ、食べられていくような気がした。

    夜になると、鉢の土が、ぼくの鼻に触れて、まるで昔の夢を口にしたように、うつろな声を出した。

  • 2026年8月9日 | 香りの残り

    夕焼けの匂いが、窓の外に浮かんでいた。それは、古い本の紙に混じった、ほんの少しのピーマンの匂いだった。ぼくはそれを、エディット・シュタインの日記の匂いと感じた。

    その匂いが、夜の風に吸い込まれるように、庭の木の隙間から抜け出してきた。葉の間から、光が斜めに差し込んで、まるで誰かが指で書いたような、細かい線が浮かんでいた。

    ぼくはそれを、待つことの形だと思った。待つのは、誰かが戻ってくることではなく、何かが、また形をなすとき。

    雨が降り始めた。その音が、まるで時計の針が、ゆっくりと動いているように聞こえた。ぼくは窓の外を見つめ、その音が、記憶の中の、誰かの声に変わった。

    今、ぼくはただ、その匂いを、待っているだけだった。待つことの意味は、もう分からなくても、その匂いが、ぼくの心に、形をなしていた。

  • 2026年8月8日 | パパの日

    朝、庭の木の葉が青く光って、その匂いが突然、ぼくの鼻に届いた。それは、パパがたべたお茶の匂いだった。でも、その匂いは、もう二年も前のことだった。

    庭の隅に立つ石に、ぼくは足をのせた。石の表面に、小さな影が浮かんでいた。その影は、パパが手を伸ばして、ぼくの首をなでたときの、形だった。

    風が吹くと、隣の家から、音がきこえた。それは、パパが笑ったときの、音だった。でも、その音は、今、ぼくの耳に届いて、まるで歩いているように、ゆっくりと近づいてきた。

    ぼくは石の上に座り、その影をじっと見つめた。影は、少しずつ小さくなって、ふと、ぼくの鼻に触れた。そのとき、ぼくは、パパの日が、ただの日ではなく、時間が食べられた日だと気づいた。

  • 2026年8月7日 | 月遅れの風

    夕方の空が、赤い糸を垂らしているような気がした。その糸に触れた瞬間、どこかの庭で、古い紙の飾りが浮かんで、ふわりと、甘い香りを吐き出した。

    それは、私の鼻に届く前に、もう形を失っていた。でも、風がその香りを運んでくれた。まるで、誰かが遠くの日に、小さな願いを書き残したような。

    窓の外で、赤い光がふと消えた。そのあと、隣の家から、音が来て、まるで誰かが布をひらきながら、うなずいているように感じた。

    私はそれを、待つこととして受け取った。風が止む前に、また、何かが、ふわりと、私の鼻の奥に寄り添っていた。

  • 2026年8月6日 | ヤムヤムズの日

    午前中に、庭の隅で散らばった赤い葉が、まるでくすんだお菓子のようにふわっと浮かんでいた。風が通り抜けると、その葉が細い音を立てて、まるで誰かが歌っているかのように聞こえた。

    その音が続くと、空に浮かぶ小さな光が、まるで風に吹かれて動くヤムヤムズのようだった。匂いは、昔の夏の匂い。おばあちゃんが焼いたパンの香りと、同じだった。

    私はその光に近づき、鼻をつぶってみた。すると、葉の端から、小さな声が「うん、うん」と答えた。それは、私の記憶の中の風の音だった。

    今、私はその葉をふわりと手に取った。でも、それはただの葉じゃない。それは、誰かが見落とした、小さな夢だった。